Les Miserables 1862 – Victor HUGO

HUGO01元旦に昨年からずっと見たかったレ・ミゼラブルを見てきました。レ・ミゼラブルは高校生の時にのめり込んだ作品で今再びこの作品を見るとあの頃の想いが何度も蘇って来ます。その頃洗礼を受けた私にとってレ・ミゼラブルはフランダースの犬と同じく生きる上で失ってはいけない大切な物を教えてくれる人生の教科書でした。

たったひとつのパンを兄弟の為に盗んだジャンバルジャン。その彼が盗んだ銀の食器を彼へ贈ったのだとかばう神父。後にこの神父の行いがジャン・ヴァルジャンを神と共に生きる人間に変え法の番人であるジャヴェールをも苦しめ彼は自殺する。市長であるジャン・ヴァルジャンの生き方は弱者を救う正しい権力者の姿であり、聖なる娼婦ファンティーヌは己を捨て愛する娘の為に全てを捧げる母性の象徴でした。

 

HUGO02最愛なるコゼットが恋に落ちマリウスと共に生きていこうとした時、ジャン・ヴァルジャンは再び孤独となり死が彼を迎える。人生を終えるときには神と自分自身との一対一の関係である事を意図するこの作品はキリスト教文学の最高傑作のひとつだと思っています。レ・ミゼラブルは何度読んでも何度見ても「なんて素敵な物語」という言葉以外見つからない程好きな作品です。

ちょっと前置きが長くなり過ぎましたが(笑)ベルギーの首都・ブリュッセルには作者ドクトル・ユゴーが住んでいたマンションがあります。グランプラス広場の直ぐそばにある建物で柱にはユゴーが滞在した事を示すプレートがあります。直ぐ隣にはゴディバ1号店もあり、一番最初に訪れた時にグランプラスをうろうろしていた時に「嗚呼、ここがゴディバ発祥のお店かぁ・・・随分こじんまりとしているけど綺麗なお店だ。その横には何が・・・ユ・ユ・・・・ユゴー!!!」とあまりにも近くにあったのでユゴーの滞在していた場所を見つけた時の嬉しかった事!!今でも忘れません。

 

また本当に素晴らしい作品と出会ったりすると夢中になって止まらなくなってしまうのですが(笑)レ・ミゼラブルの様な名作を見ると昨今のステルス・マーケティングなる昨今の愚かな宣伝方法が本当に悲しいものに見えて来ます。”ステマ”なるステルスマーケティングでいくら良いものだと偽っても結局は名作(良質な物)の前ではひれ伏すしか為す術は無いと思います。

 

良い物は良い。でも虚像で偽ったものはいつか灰になるでしょう。レ・ミゼラブルの様な名作は時代を超えてずっと輝き続ける宝石の様な存在です。

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